宇宙、仏教、伝統産業を
未来に繋ぐ、
異業種コラボの
重要性とその秘訣
藤平 耕一国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)
新事業促進部 事業開発グループ J-SPARCプロデューサー
林口 砂里有限会社エピファニーワークス 代表取締役 アート・プロデューサー
2018.11.16
JAXAに所属し、民間企業との共創による幅広い新規ビジネスの創出をミッションとされている藤平耕一さん。一方、宇宙×アート、仏教×クリエイターといった、一見接点のなさそうな業種業界を掛け合わせることで化学反応を生み出し、これまでにないようなプロジェクトを多数手がけてきた林口砂里さん。共創ビジネスで成功の鍵を握る「プロデューサー」という肩書きを持つ二人が語る、大切な何かを未来に繋ぐための戦略的コラボレーションのあり方とは。
以下、容量の関係により、一部内容を割愛させていただきながら、そのエッセンスを余すところなくご紹介します。
林口:
もともとは現代アートの業界に身を置いていたのですが、音楽や自然科学、仏教が好きだったことや、数年前に出身地である富山県高岡市に拠点を移した影響もあり、分野を横断したプロジェクトや、異業種を掛け合わせるプロジェクト、地域創生にまつわるプロジェクトなどに幅広く関わらせていただいています。
その中のひとつに、『ALMA MUSIC BOX:死にゆく星の旋律』というものがあります。これは宇宙科学とアートのコラボレーションプロジェクトで、クリエイティブ・ラボ PARTYの川村真司さんにご協力いただきました。アルマ望遠鏡という、世界最大規模の電波望遠鏡が南米チリのアタカマ砂漠にあります。66台もある電波望遠鏡が連動し、ひとつの巨大な望遠鏡として機能するという凄いものです。この電波望遠鏡というのは、可視光以外の光を捉えます。つまり、私たちの目には見えない物質や状況を捉えることができるということ。これにより、光が生まれる前の宇宙の状況を視覚化することや、地球外生命の発見などが期待されています。このように、とても凄い望遠鏡なのですが、その凄さがどうもわかりにくい、伝わりにくいということを、国立天文台の広報の方が悩んでおられました。そこで、一般の方にも興味を持っていただきやすい形に、この凄い機能を応用し、置き換えてみてはどうだろう、と企画を考えたのが始まりです。
まず、アルマ望遠鏡が捉えた、寿命を迎えようとしている星から送られてきた電波データを可視化しました。この星の終わりは、自ら爆発して、だんだん小さくなっていくんです。その爆発によって吹き出された物質は、その星の周りに渦巻いています。その渦巻き状の電波データの濃いところに点を打ってみると、同心円状にポツポツと点が打たれた図形が浮かび上がってきました。穴の空いたレコードのようなイメージです。それをそのままオルゴールにしてみたところ、メロディーが生まれました。オルゴールには音階があるので、誰かが作曲したわけではないのですが、電波を図形化したものがメロディーとなって流れる。その音楽を『ALMA MUSIC BOX:死にゆく星の旋律』として発表したんです。
いろんな周波数の図形を得たことで、70種類ものメロディーができたのですが、それぞれ本当におもしろくて美しいメロディーだったので、今度はそれをミュージシャンの方々にお渡しし、自分の好きなメロディーを楽曲に仕上げていただいて、一枚のCDにまとめました。予算がなかったので、クラウドファンディングで協力を募ってCD化。京都市交響楽団やミュージシャンの方と一緒にコンサートも行いました。
林口:
もう一つ、科学とアートのコラボレーション事例ですが、東京工業大学に、地球と生命の起源についての研究という壮大なテーマを掲げた「地球生命研究所」があります。こちらも、取り組んでいる研究を一般の人にわかりやすく伝えたい、という課題をお持ちでした。そこで、研究内容を物語に置き換えて、その物語をクリエイターが形にするというプロジェクトを企画しました。参加を希望してくれた4名の科学者と、ミュージシャン、建築家、プロダクトデザイナー、絵描き、ダンサーなど、様々なジャンルのクリエイターが一堂に会し、座組みが決まっていない状態でスタート。科学者の方に研究内容をプレゼンテーションいただき、参加メンバーでワークショップやディスカッションを重ねる中で、チームの組み合わせを決めていきました。今は、そうやって自然な流れの中で生まれたチームごとにプロジェクトを進めている真っ最中です。
林口:
お坊さんたちともいろいろお仕事をさせていただいており、京都の西本願寺さんとは『スクール・ナーランダ』というプロジェクトをしています。日常生活の中で、お葬式以外でお坊さんと関わることってなかなかないですよね。そのことに西本願寺のお坊さんは危機感を持ってらっしゃいました。人口減少に伴い、お寺が減っていくという背景もありながら、それ以上に、2500年もの間、人々の心の支えとして機能してきた仏教を次世代に受け継いでいけないことに危機感があられた。ご相談をいただき、「どうすれば若い方に仏教に興味を持っていただけるか」を一緒に考えました。
単発イベントをやっただけでは、その後に繋がらない可能性が高く、意味がない。そこで、現代版寺子屋のような、お寺をいろいろな学びの場にしていこう、と考えました。僧侶のお話も伺うんですが、それだけでなく、科学者やクリエイターの方々もお招きし、それぞれの授業を受けた後、まとめとして鼎談していただく構成にしました。さらに、国宝に指定されている西本願寺内の建物をお坊さんが解説ツアーしてくれたり、なかなか食べる機会のない精進料理が振る舞われたり。学びが一方的にならないように、参加者同士でグループワークを行うなど、ディスカッションの場も設けています。第一回が京都の西本願寺で、第二回は私の地元、富山県高岡市で開催しました。富山では地元の伝統産業の職人さんを招き、自分で錫のぐい飲みを作ってみるプログラムなども折り込みながら、若い人たちがこれから未来を生きていく際の知恵を得る場を設けました。
これまで本当にいろいろな分野の方に講師に来ていただいています。天文学者の観山正見さん、脳神経学者の入來篤史さん、ラッパーの環ROYさん、映画監督の三島有紀子さん、ロボット開発者の林要さん、アーティストの高木正勝さんなどなど。多岐にわたるジャンルの方がお坊さんとお話をしてくださいました。ジャンルが違いすぎて話が交わることはないんじゃないか、と思われがちですが、案外どこかにクロスポイントってあるものです。それぞれ違う視点から一点についてのお話をなさるので、私自身、関わっていてとても気づきの多いプロジェクトとなっています。
林口:
最後に、地元・富山県高岡市で取り組んでいる『工芸ハッカソン』を。高岡には、高岡銅器(金属鋳造)と高岡漆器(漆)という伝統的な手わざがあります。子どもの頃には全く興味がなかったんですが、一度都会に出た目で戻ってみると、全く違って見えました。600年もの間、連綿と続いてきた技術の凄みがあり、それを今の若い人たちがなんとかして次世代に繋ごうと頑張っている状況がある。伝統産業の現状はお坊さんと似ているなと感じました。現代資本主義の中では伝統産業がビジネスとして成立しにくく、素晴らしい技術をもった熟練の皆さんが看板を下ろさざるを得なくなっている。さらに、後継者がいない問題もある。日本には素晴らしい手わざが残っていますが、同時に絶滅の危機的状況にもあると、改めて目の当たりにしました。そんな中で、何か私にもお手伝いできることはないだろうかと考えて始めたのが、『工芸ハッカソン』というプロジェクトです。
これまで伝統工芸があまり出合うことのなかった、ITやARなどの先端技術やクリエイターの方たちと職人さんが出会うことで、何か工芸の未来に提案ができないだろうかとの思いから企画しました。通常、ハッカソンって数日で終わるんですが、『工芸ハッカソン』は9月に前半をやって、ひと月半後に、後半を開催するやり方を取りました。伝統産業のものづくりって、どうしても時間がかかるんですよね。金属の鋳造であれば最初に型を作って、うまくいかなければ、型から作り直して、ということを行うので、自ずと時間がかかってしまう。漆も何度も塗るものなので、数日間ですぐにプロトタイプを出すということが現実的ではなかったんです。参加者は地元の職人が10人くらい。外部の方は150名ほどの応募の中から、IBMさん、富士通さん、ソニーさん、電通さん、博報堂さん、DMM.comさん、Takramさん、ライゾマティクスさん、大学の学生さんなど、27名の方に参加頂きました。日本トップクラスのエンジニアである彼らが今、日本の手わざに強い興味があるんです。
最終日には、ハイクオリティーの作品がたくさん生まれました。例えば、漆塗りの高反射機能を使った新しい照明器具。光を当てて影を投影することでインスタレーション的にも使えます。また、IoTを組み込んだプロダクト。鋳造技術を使った新しい楽器の発明。人工知能と職人が一緒にものづくりをしたプロダクトなんかもあります。人工知能が美しいと考えた設計図に沿って漆の職人が形にするわけですが、その形にどうも違和感があり、漆職人の長年の経験から曲線のラインを自分なりに微調整したそう。人が美しいと思うもの、職人が長年の経験で培ったものと最先端の人工知能が融合してできたわけです。
このハッカソンからは7つのチームが生まれたのですが、ハッカソン終了後も各チームがしっかりと活動を続けてくれていました。商品化に向けて特許を取っていたり、オランダのデザインウィークに参加していたり、学会で発表していたり。そんな活動が続いていたので、私たちとしてもサポートし、なんとかビジネスにつなげてもらいたいと思い、今年は文化庁さんの協力を得て『工芸ハッカソン2018』として、彼らに制作費を渡し、それぞれのプロジェクトを継続していただくことになりました。
林口:
社名にもなっている、EPIPHANYという言葉は、日本語に訳すと、直感、顕現という意味です。もとはキリスト教用語で、キリストが生まれた馬小屋に東方の三賢人がやってきて「この子は神の子である」と告げて祝福したことを指す言葉でもあります。つまり、彼らがこの子は神の子であると言わなければ、誰もその馬小屋で生まれた子どもを神の子キリストと崇めることはなかったと思うんですよね。そのものの本当の価値を理解する人が、その価値をきちんと伝えることで、周りの人は初めて理解できる。転じて、見えないものを明らかにする、という意味もあります。
これは、私たちがアートやクリエイティブワークを通して得られる視点でもあります。見えていない、しかしそこに確かに存在している価値観を社会に伝える橋渡し役でありたいという思いを込め、社名にしました。「つなぎ、掛け合わせる」ことで「心の糧」となるような新しい価値観を生み出すことを日々のプロデュースを通して目指しています。
藤平:
JAXAは基本的には、ロケットの宇宙輸送、宇宙飛行士の活動サポート、人工衛星の開発、「はやぶさ」に代表される小惑星などの宇宙探査と、先ほどのアルマ望遠鏡に代表されるような宇宙科学の探求、さらに飛行機事業もやっていたりします。いろいろ言いましたが、要は、宇宙兄弟を読んでいただくとわかりやすいかと(笑)。
現在、日本の宇宙関連産業は約1.2兆円規模と言われています。それはロケット製造からスカパーなどの宇宙を利用したサービス事業まで、すべて含めた金額です。これを、2030年代までに倍増させようというのが国の目標であり、そのための事業開発が僕の所属する部署の仕事です。民間とコラボして何かを作るということはこれまでもやっていましたが、今、民間とコラボしてものづくりをする意味合いは過去のそれとは少し違っています。三菱重工さんなどと組んで、最初から「売れるロケット」を作ったり、三菱電機さんと組んで、「売れる人工衛星」を作ったりしています。とはいえロケットや人工衛星は宇宙そのものの話なので、宇宙ではないところの周辺ビジネスをどう拡張していくか、というのが課題ですね。
例えば、JAXAの特許技術を利用して商品化されているものに、ベスト型の冷却下着なんかがあります。他にも、宇宙ステーションには洗濯機がないので、宇宙飛行士って実は3日くらい同じパンツを履いているんですが、そこに着想を得て、3日間履いても臭わないパンツをスポーツアパレルメーカーのゴールドウインさんと共同開発して販売しています。
実はこれまでJAXAが民間の方と組む方法って、共同研究というやり方だけだったんです。しかし現在は、研究の先の事業化まで見据えた取り組みを共創する動きが生まれています。3つのテーマ群に分けていて、簡単に言ってしまえば、月や火星に行く系、宇宙をエンジョイする系、地球規模の課題を解決する系の3つ。これらの取り組みを今まさに進めています。異業種連携の事例としては、ONE TABLEさんとコラボした防災食×宇宙食があります。そもそも、防災食と宇宙食って似ているよね、というところからスタートしたもの。保存は効くけど、保存性を高めるためにおいしさをある程度捨てざるを得ないという課題を共通で持っていました。共創することで、おいしいけれど保存性が高いものが作れたらWin-Winだね、という発想から実現したものです。また、Z会とコラボして、宇宙飛行士の訓練方法を次世代型教育事業として展開する企画もあります。宇宙って全然違う畑のものだよね、と思われがちですが、そうではなく、宇宙もひとつのビジネスの選択肢だよね、と感じていただけたらと思っています。
林口:
宇宙の話を聞くだけで、なぜワクワクしたりロマンを感じたりしますよね。それって、宇宙の大きな魅力だと思います。
藤平:
JAXAの中には、昔から宇宙への憧れを強く持っていた系の人と、がっつりビジネスとして宇宙を捉えている系の人が半々くらいいるように感じます。僕はどちらかというとビジネス宇宙系で、宇宙というものに、何か特別に強い憧れを抱いていたわけではない。カッコいいなとは思いますが、それが第一ではなく、宇宙というあまり使われていない資産をいかに活用するかということばかり考えていました。ですが、このような事業創出のお仕事をさせていただく中で、宇宙が漠然と好かれている、いいイメージが持たれているという印象は強く感じています。
林口:
アルマのプロジェクトをやっていたときも、星が嫌いな人ってまずいないという感じでした。多くの人がなんとなくいいなと感じられる対象として、宇宙は稀有な存在。私がよく国立天文台の方とお話しするのは、宇宙を考える上で重要なのは、地上の日々の生活では得られない、全く別の視点を私たちに持たせてくれる点。それって実は仏教にも近い機能がある。私たちが日頃、個人対個人、個人対社会でのいろいろな人間関係で悩みを抱くとき、仏教は阿弥陀如来とか大日如来などの、全く別の視点を授けることで、私たちに俯瞰して見るという教えを授けてくれることがある。そういう意味では、宇宙と仏教には似た機能がありますね。
藤平:
確かに、宇宙に携わっている方の中には結構そのような考えを持っておられる方もいて、視点を変えるという意味も含め、仏教に詳しい人が宇宙にも精通していることがよくあります。近しいものがある感じは僕もしますね。
藤平:
宇宙の話って本当に知られていなくて。この、知られていないことをどうやって伝えていくかが僕たちの大きな課題です。よく上司から「棚卸ししろ」と言われるんですが、なかなか棚から卸せていないのが現実なんです。
林口:
東京工業大学の地球生命研究所さんとのプロジェクトでも同様の議論があります。研究内容を詳しく伺うと、「え、そんなすごいことやってるの?」「今、そんなところまで時代は進んでるの?」と。知らなかったことへの驚きが大きい。だからこそ伝えるという技術に長けているクリエイターが重宝されています。デザインの時代ということもあるのかもしれません。伝え方、見せ方を変えるだけで、ひとつの情報が全然違って見えてきますよね。
藤平:
まさにその伝えるということが、JAXAが最も苦手としている部分。アルマ望遠鏡って凄いものなんですけど、その凄さが今ひとつ伝わらないんですよね。事実だけを伝えても、凄すぎてよく分からない。先ほどの「音楽に乗せる」なんて、僕たちからは生まれにくい発想で、とてもいいですよね。
林口:
例えば、自然科学の分野でなされている研究って、科学者個人のものではなくて、私たち人類全員の財産でもある。それをもっと上手に共有したいな、といつも思っています。
藤平:
論文以外の出し方、ですね。それが大切。やっぱりZOZOの前澤社長が月に行くとか、わかりやすいですよね。宇宙兄弟もわかりやすい。
林口:
論文のような正確さでは伝えられないかもしれないけれど、興味を持ってもらうきっかけ・入り口作りができればいいな、と思いますよね。
林口:
先ほど、ONE TABLEさんやZ会さんとのコラボ事例をご紹介されていましたが、これらは企業さんからのお声かけがきっかけなんですか?
藤平:
本来はJAXAが営業しに行って、「うちのこんな技術使ってください」とスタートするのが筋だと思うんですが、事業共創プロジェクト自体、始まったばかりということもあり、現時点では企業様から声をかけていただくことが多いですね。今、ちょっとカッコつけてAOって呼んでいるんですが(笑)、「Announce of Opportunity」というものをやっています。公募とは少し異なり、「こういうことやります。手を挙げてもらえませんか?」という発信。テーマごとに分けてやっているので声をかけていただきやすいという背景と、同時に「通年募集しています」というスタンスを表明していることもいい影響を及ぼしているかもしれません。中には、JAXA側が強い意欲と興味を持って、企業を焚きつけるような形でスタートすることもありますが、それは数えるほどですね。多いのは断然、お話をいただくケースです。
事業の生まれ方には大きく2つあると思うんです。1つは、企業規模に関わらず、その中に一人、めっちゃ宇宙関連事業をやりたい方がいる。「とにかく宇宙の何かをやりたいんだ、やろう!」というその方の熱量で進んでいくパターン。もう1つは、社の方針として「宇宙に取り組もう」ということが決まり、新規事業部の方から「宇宙ビジネスに興味があるが、どんなことができるのか」と相談いただくパターン。前者は、個人はやりたいけれど企業としてはオーソライズしていない。後者は、社としてはオーソライズしているけれど、誰が何をどうする?という状況。
林口:
その2つのパターンだと、どちらの方がうまくいくものですか?
藤平:
圧倒的に前者ですね。逆にそのスピード感にJAXAがついていけなくて、特にベンチャー企業の方などにはご迷惑をおかけしています。僕らが「調整に時間かかります」とお伝えするたび、先方の方は「早く! 早く! 早く!」という温度を感じるというか。JAXA内の体制が最適化されていないことでスピード感が思ったより上がらない側面もあるので、飽きられちゃう前になんとかしないと、と僕自身は焦りにも似た気持ちがあるんですが。
林口:
JAXAは新規事業を加速していこうと動いているわけですが、とはいえ研究者の方などは、これまで長くやっておられる研究を抱えているわけで、さらにプラスで新規事業?となる場合もありますよね。そのあたりはどうですか?
藤平:
新規事業あるあるだとは思うんですが、社としてはやろうってなって、事業部を立てるわけですが、その新規事業部は結局、エンジニアではないから、何か新しいことをやるにしても現場のエンジニアや研究者の力を借りなければいけない。でも彼らには彼らの仕事があって、「忙しいよ!」と一蹴されてしまうこともある。彼らは別に、その新規事業に本務以上の意義を感じているわけではないですから。すでに自分に与えられたミッションの中で仕事をしているのに、コラボみたいな意味がわからないネタを持ってこられて、どうしろっていうの?ということになってしまうこともある。とはいえ、中には乗り気な人もいて、そう言った人を見つけるというのは一つあるんですが、その方法ではどうしても数が限られてしまう。プロジェクトが大きくなればなるほど、結局より大きなリソースが必要になる。すると現場に断られてしまう。協業先は意義を感じてやっている、自分も意義を感じてやりたいと思っている、だけど自分一人では何もできない、というジレンマを僕自身が今まさに抱えています。
藤平:
とにかく成果を出すというのが、エンジニアに意義を感じてもらうためのひとつの方法かと思います。特に、社内からだけではなく、社外からも評価されるような成果を出せるといいですよね。結局、なんとかしてその新規事業に対して意義を感じてもらうしか、人が動いてくれるきっかけってないわけで。一方で、「新しいことをやらないと、JAXAなんていらないよ」って言われちゃう、という危機感をマインドセットしていく方法もある。とはいえ、その危機感を同じ温度でみんなと共有するのってとても難しい。危機感を持っていない人は、現在の状況がこのまま永遠に続くはずだと思っているんですよね。
林口:
確かに、伝統産業しかり、仏教しかり、みんなのやる気の原動力は危機感だったりします。このまま何もせずに放っておいたら、なくなってしまう、という危機感。ビジネスとしても成立しなければ、技術や文化まで消滅していってしまう、と。時代にそぐわないものは消滅していく、それは自然なこと、と割り切れる人がいる一方で、これだけ続いてきた手わざを何としても未来に残したいと考える人もいる。辞めてしまうというのは、いつでもできる簡単なことだけど、ここで踏ん張ろうよという人がムーブメントを起こしていますね。私の成功したプロジェクトの共通項は、想いの強い方が多かったということだと気づきました。
藤平:
伝統産業に従事される方の中で、危機感を持ってらっしゃる方って少数派ですか? 逆に、割と皆さん持たれているんですか?
林口:
まだまだ温度差があります。ただここ数年、危機感を持たれる方が増えてきました。10年前はまだまだでした。自分の持っている技術や工房をオープンにするなんてありえない、とおっしゃっていた。ただ、それを今やらなかったら生き残っていけないよ、と状況を捉え直すことができたんです。
藤平:
なるほど。一方で僕自身は、JAXAがなくなるのなら、必要とされなくなるのなら、それはそれでいいと思っている節もあります。でも残さなくちゃいけないものって絶対ある。宇宙探査やアルマ望遠鏡などというのは、お金儲けではなく人類の英知を養う部分なので、そこは残すべきだと思う。あまりにも危機感を持たずにいると、本来残すべき大切なものも残せなくなるかもしれない。伝統産業の話には近しいものを感じます。
林口:
異業種、異分野の方々とコラボレーションするときに、間に立つ人の存在、プロデューサーの役割ってすごく重要だと考えています。
藤平:
まさに今朝もその話で、「説明の仕方が違うんだよ!」と怒られてきたところです(苦笑)。ステークホルダーごとに説明の仕方を変えることって重要。嘘をつくという意味ではなく、どこを気にして評価されているのかを意識して、その点について丁寧に説明できないと伝わらないですよね。相手側のメリットをどう見出すか。その設計ができないと共創活動ってうまくいかないと思うので、両者のメリット設計とその説明をいかに上手にするかはとても大切。そして、そこがものすごく難しい。
林口:
おっしゃる通りですね。私も、こんなコラボレーションやっています、なんて偉そうに言いましたが、背景にはたくさんの失敗があります。子どもの使いのように、「こっちの人はこう言いました」というのを伝言しているだけではダメ。分野が違うと言語が違うから、それでは伝わらないんですよね。異業種、異分野を橋渡しする上では、間に立つ人がどう翻訳するかがすごく重要だな、と常々思っています。両者にメリットがちゃんとあるような伝え方を意識して、うまいこと両者をその気にさせながら進める。それでも、途中でコミュニケーションがうまくいかなくなったり、止まっちゃったり、ということもある。その過程も、付かず離れず様子を見ながら、上手にガイドしていく。言葉で言うと簡単ですが、これが難しいんですよね。
会場からは、「お坊さんも伝統産業も、今まで普遍的だったものが時代に即さなくなっていき、求められなくなる現象が共通している。お二人が関わる事業で、今変わるべきだ、というムーブメントについてどう感じていますか?」と質問が上がった。
林口:
長く続いてきたものを後世に継承していこうと考えたときに、変えるべきところは変えなければいけない、というのは痛感しています。結局、仏教の物語、教義というのは2500年前に作られたものなので、現代にそれを伝えるときには、今の時代に即した伝え方をしないと伝わらない。その物語に何がシンボライズされているかという本質を押さえつつ、伝え方や伝える手段、ツールを変えるということをどんどんやらなきゃいけないなと思っています。それこそ仏教は、古来よりアップデートを重ねながら変化し続けてきたものですからね。
例えば、テクノ法要って知っていますか? 本堂にプロジェクションマッピングのきらびやかな照明と映像を投影しながら、テクノのリズムに乗ってお経を唱えるというものです。法要は本来、浄土の様子を表現するためのもので、今まではろうそくの灯りや声明で再現していたのだから、それを現代版としてテクノとプロジェクションマッピングで表現して何が悪いの?と。坊主バーや坊主カフェというのも人気ありますが、そういった積極的な変化が起きてきているのは、仏教界も伝統産業も「変わらなければ残れない」という意識からなんだと思います。
藤平:
宇宙に関しては、必然的に変わってきたな、という印象です。10年くらい前までは、ロケットもバンバン落ちていましたし、人工衛星も失敗があった。「国のプロジェクトとして、宇宙への輸送技術や宇宙での観測技術を持たなければならない。だから宇宙開発をしろ」というのが従来のJAXAのミッションだったので、ただひたすら技術開発すればよかったんです。ただ、ロケットも人工衛星も概ね成功できるようになってきて、さらには宇宙で人が暮らせるまでになってきて、いやはやこれから先は何をしようか、というステージに来てしまった。技術が成熟してきたからこそ、状況が変わってきたんですね。
今では、衛星から人工流れ星を流すといったプロジェクトなんかも民間企業が進めているのですが、今まで衛星をエンタメに使うなんてありえなかったことなんですね。考えたこともなかった。しかし、実際にそういうものが出てきていることからも、状況の変化が見て取れます。この変化に適応していかないと、時代に取り残されちゃうな、という、身の引き締まる気持ちですね。