• 地方から生まれる新世界、
    日本の伝統工芸ルネッサンス

    生駒 芳子一般社団法人FUTURADITION WAO 代表理事

    2018.11.16

『VOGUE JAPAN』『ELLE』の副編集長、『マリ・クレール』の編集長を経て独立。まさに『プラダを着た悪魔』のように洗練されたファッション業界でカルチャーシャワーを浴び続けた生駒芳子さんが突然出会った、日本の伝統工芸の世界。ファッションやアートの審美眼を生かして新たに編集される「日本の伝統工芸×革新」と、そこから導かれる未来とは。触れていたのに見えていなかった私たちの暮らしの断片に、欧米の名だたるメゾンが注目する新世界が広がっていました。

以下、容量の関係により、一部内容を割愛させていただきながら、そのエッセンスを余すところなくご紹介します。

雷に打たれたような出会いが、
一瞬で人生を変えた

映画『プラダを着た悪魔』のメリル・ストリープ演じる編集長。私はまさに彼女のような暮らしをしていました。『VOGUE JAPAN』の創刊メンバーとして4年間、パリコレクション、ミラノコレクションを飛び回るファッション漬けの日々。ところが、人生って本当におもしろいものですね。たったひとつの出会い、金沢で伝統工芸に出会ったことで、人生が想像しえなかった方向に、大きくシフトチェンジしてしまうのだから。

私の人生を一変させた出会いは2010年。ファッションコンクールの審査員長として招かれた金沢で、「ファッションや、世界に繋がるメディアにいた生駒さんに、金沢の伝統工芸の里を見てほしい」と言われたことがすべての始まりでした。加賀友禅や加賀繍、金属を叩き込んで作る象嵌(ぞうがん)の工房を回った時に、雷に打たれたような衝撃を受けたんです。私がずっと取材してきたエルメスやルイ・ヴィトンに匹敵するクオリティーのものが目の前で作られている。にも関わらず、職人さんたちは「未来がない」と口を揃えて嘆いている。こんなに素晴らしいのにどうして、という疑問とともに、これまでずっと海外にばかり目を向けていた自分が恥ずかしくもなりました。すぐ足元に、宝はあったんです。日本全国に、伝統工芸が宝のように眠っている! 私は何をしていたのだろう。心底ハッとしました。自分の中に沸き起こった衝動と、周囲からぐっと背中を押されたように感じたこともあり、新たな人生がそこから急に動き出したんです。

日本のものづくりは、祈りである

なぜ私はこれほどまでに伝統工芸に惹かれるのか。その答えに至るまで、8年という時間がかかりました。最初は、惹かれるままに飛び込みました。雷に打たれた理由を言語化できなかったのです。2000年以降のファッションの世界を見ると、大量生産・大量廃棄が問題視されているような状況。それに対するアンチテーゼなのかという解釈もありますが、決してそうではない。最初は本当に、純粋に美しい!と圧倒されたのです。その美しさの引力はどこに起因するのか。ここ8年間、掘り下げて考えてきて、「日本人のものづくりは、祈りだ」ということに気づきました。ものづくりの行為に秘められているのは、瞑想的な時間、まさに祈りです。自然との共生、そして自然とともに培われた、大きな祈り。自然を敬い、その美しさを愛でる。工芸品の曲線ひとつひとつ、描かれた模様のすべてに祈りが込められているということを、私たち日本人は、作品を見ただけで感覚的にキャッチできるんです。言語を超えた美しさが隅々まで宿っていると、心でわかる。この感覚・感性は、この国に生まれたからこそ暗黙のうちに理解でき、後世に受け継ぐことができるものだと思っています。日本人は世界一丁寧に仕事をする美意識にあふれた民族だと、伝統工芸が教えてくれているんです。

ジョブズが翻訳して広めた、日本の美意識

私は今、「日本のものづくりを未来へ、世界へ」との想いから、伝統工芸を未来につなぐ活動をしています。そのためには、革新と進化が欠かせません。私が最も刺激を受けた「伝統工芸×革新」の例は、スティーブ・ジョブズ。彼は、日本人の繊細な美意識や伝統工芸の世界を自ら翻訳・編集し、Appleというブランドを通じて世界中に広めた人です。日本に来るたびに陶芸の里に入り浸り、角丸の四角い平皿ばかり作らせていたそう。微妙にラインが異なるいくつもの器から、iPhoneのアプリアイコンのデザインを思い描いていたそうです。鏡面仕上げなんかも日本の技術ですね。だからでしょうか。私はAppleの製品を手にするたび、日本の美意識を感じます。

日本の伝統を現代の言葉に翻訳して広めているという点では、ISSEI MIYAKEの三宅一生さん、建築家の隈研吾さんなどもそうです。三宅一生さんは50年以上も前から、刺し子や楊柳の現場を周り、「伝統工芸×革新」を自らのブランドで体現し続けていらっしゃいます。隈研吾さんも、本当に早い段階から伝統的に受け継がれた宮大工の美意識、技術に着目され、木の建築を提案なさっていますよね。

再発明された、美しき伝統工芸の数々

錚々たる方々からの刺激を受けながら、私自身も「伝統工芸の幕開け」となるようなモダンデザインとの出会いを重ねてきました。例えば、ショッキングピンク色の南部鉄器のティーポット。漆塗りでサムライの陣羽織の柄を描いたiPhoneケース。かぶれない加工がされていて、独特の光沢がファッションに彩りを添える漆のアクセサリー。極薄のシフォンに藍染が施されたストール。江戸切子の美しい細工が施されたバングル。ハートのチャームをつけたことでクラシックなイメージを華麗に脱却したパールのジュエリー。アート×セラミックの前衛として高い評価を受ける桑田卓郎氏の茶器。挙げればきりがありません。有田焼の豆皿に東京のデザイナーが金のグラフィックを施して新しいものとして紹介したり、岐阜県で作っているカラフルな木の升、光る升をポール・スミスさんが買い付けて販売したりもしています。

世界の名だたるメゾンが注目する、
日本の伝統工芸

例えば、イタリアのFENDI。ちょうど私が2010年に金沢で雷に打たれた直後に、FENDI JAPAN社から一本の電話を受けました。「日本のクラフツマンシップとコラボレーションした製品を作りたいと思っている。力を貸してくれない?」という内容でした。すぐに漆の作家さんをご紹介し、柄の部分を漆で作った“バゲット”と呼ばれるバッグが製品化され、早々に完売。日本の伝統工芸のクオリティーというのは、世界の名だたるラグジュアリーブランドが唸るほどなんです。ルイ・ヴィトンは輪島塗と組んでモノグラム柄の箱を制作。エルメスは九谷焼赤絵の職人と組んで美しい文字盤の腕時計を発表。ハイブランドが日本の伝統工芸とコラボレーションしている例は、他にもたくさんあります。

日本の伝統工芸の技術は世界で1位だと私は思っています。パリやニューヨークで紹介したときにあちこちで言われたんです。(当時、私が紹介したものは見た目がポップでモダンなものだったので)「このプロダクトの国籍はすぐにはわからない。けれど、日本製だってことは一目でわかる。なぜならディテールがとてつもなく美しいからだ」と。私は何度もそのような経験をして、日本のものづくりの誠実さ、美しさは誇りにすべきもの、日本の宝だと心から思っています。

伝統工芸の世界トップ3を挙げるなら、フランス、イタリア、そして日本。一方で、フランスとイタリアには100以上ものラグジュアリーブランドがあるのに、日本には数える程しかない。不思議ですよね。エルメスもルイ・ヴィトンも、クラフツマンシップから誕生し、そこにブランディングやビジネスが介在したことで世界に名を馳せるブランドになった。日本という世界一の伝統工芸大国にそのようなブランドがないことが、すごく気になっています。日本の伝統工芸には、ブランディングという消費者への架け橋がないからだ。なんてもったいないのだろう、と。少し大げさな言い方かもしれませんが、日本からエルメスやルイ・ヴィトンのようなブランドが5個、10個と出てもおかしくないと今は思っています。

これが生駒流「伝統工芸の再編集」

金沢で伝統工芸に出会った後、工芸ルネッサンスプロジェクト “WAO”を起こしました。伝統工芸のキーカラーは赤と黒が一般的だったので、その新解釈として、ショッキングピンクと黒をテーマカラーにし、あえてカラフルでポップ、一瞬伝統工芸に見えないようなものをセレクトして紹介しています。パリ、NY、ミラノ、新宿伊勢丹で展覧会を行い、特に海外で非常に高い評価を得ました。

さらに、自身で“HIRUME(ヒルメ)”という新ブランドも立ち上げました。ヒルメというのは天照大神さまの別名です。現代社会で活躍する女性たちが、伝統工芸が息づいた美しい服飾を身にまとい、世界に羽ばたいてくださるといいな、という想いで開発しています。金沢箔を革に施したクラッチバッグや、ゴールドパール、金襴で作ったリバーシブルのスカジャンなど、通常ではあまり見かけないスペシャルなものを揃えています。こうした和素材を用いたファッションって、どうしてもコンサバに転びがちなのがすごく気になっていて、とにかくエレガントでありながらエッジが立ったものを目指して作りました。一軒家をリノベーションして作ったショールームが表参道にありますので、機会がありましたらぜひ覗いてみてください。

他にも、CITIZENで、建築家・藤本壮介さんと組んで、エシカル×クラフツマンシップをコンセプトに、ベルト部分が西陣織で作られた腕時計、漆玉をつけた時計も作りました。どちらも大変好評いただきながら販売しています。

ついには、人間国宝の先生とまでコラボレーションしちゃいました! やろうと思えば、人間誰だってできる!(笑)。私だからではなく、みなさん誰しもそうだと思います。先生へのお声がけは恐れ多かったのですが、とても気さくに応じてくださり、漆と蒔絵とダイヤモンドによる、ミュージアムピースさながらのジュエリーを制作していただきました。大変貴重な経験をさせていただきました。

そして、私が東京都の伝統産業のアドバイザーをさせて頂いているご縁から、江戸東京きらりプロジェクトで伊勢型紙や江戸小紋の展覧会もしました。日本でブルーボトルコーヒーの店舗をデザインした建築家・長坂常さんと組んで、江戸小紋としてタブーとされていたようなことにあえて挑戦し、伝統工芸をこの時代に再編集する試みです。

これからの伝統工芸に求められる7つのこと

1、現代性(今の時代とつながること) 2、革新性(新しい工夫が施されていること) 3、伝統性(伝統の深みがあること) 4、機能性(現代の生活に役立つこと) 5、拡張性(他の領域への広がりがあること) 6、国際性(世界に発信されること) 7、未来性(後継者の育成につながること)。この7つが、これからの伝統工芸に必要な鍵だと考えています。ここ5年ほどで、80代の伝統工芸の作家さんのもとに、20代の女性や、18歳の青年が、修行のために飛び込んでくるような現象が次々と起こってきています。さらにここ2年ほどは、伝統工芸がブームにさえなっている。でも、伝統工芸はトレンドなんかで終わらせちゃいけない。この流れを、なんとか未来に繋げていくべく、みなさんと一緒に考えていきたいと思っています。

本物の情報は、
現場で対峙する人の中にだけある

伝統工芸の匠や職人さんに興味を持ったら、私は必ず、まず自分で会いに行きます。雑誌の編集をやっていたこともあって、とことん現場主義。二次情報は信じません(笑)。自分の足で現場に行ってその人に対面しない限り、本物の情報って掴めないと考えているからです。ネットやメディアで得る情報も重要だけど、それらはあくまで二次情報。すでに誰かに編集された情報ですよね。より根源的な情報は、やっぱり人の中にしかない。作家さんに会いに行くと、自然とあらゆる地方に足を運ぶことになり、そのご縁から地方創生のお話をお受けすることも増えています。

伝統工芸ルネッサンス、
アウトサイダーと作る新たな世界

伝統工芸の世界に足を踏み入れた当時は驚きの連続でした。伝統工芸の作家を支える背景に、組合、商社、問屋があって、有機的につながって伝統工芸世界を稼働させてきたのですが、その構造がパラダイムシフトしてしまった。職人さんの「伝統工芸には未来がない」という言葉が意味することは、第一に販路がないということでした。さらに、何を作っていいかわからない、後継者もいないと。この現象の理由の一つに、戦後半世紀、伝統工芸が封印されてきたブランクがあります。日本の伝統工芸のデザインは、戦前の着物文化と日本家屋に根ざしたものが多い。一方で、戦後、日本の生活様式は激変してしまった。長い間押入れの中にしまわれてしまっていた伝統工芸を、今ここに来て、企業やクリエイターが現代につなげようとしています。それぞれの感性で翻訳・編集・リメイクして、現代のライフスタイルに沿うように進化させようとしているのです。

この、ある種ルネッサンス的なムーブメントの中で、意欲のある人同士が出会うと、ものすごい熱量でいいモノができあがるというのを何度も目の当たりにしました。ひとくちに伝統工芸の作家といっても、いろいろな考えの方がいらっしゃいます。「今あるものを守っていればいい。新しく何かを始めるより、今まで通りのことをやっていれば生活できるからそのままで構わない。」 そういう考えの方とは正直、対話が難しいこともあります。しかし、そうではない、未来の開拓者になりそうな人って、各ジャンル、各土地に必ずいるんですよ。私がファッションという異端から伝統工芸に参入したことも関係していると思いますが、伝統工芸の世界に安住していない、ある種型破りでアウトサイダー、アウトローとも言える職人の方々と繋がる傾向があります。一度繋がったら、そのご縁をどんどん深めていく。そうすることで、一つの、革新的なクリエイションのロールモデルができあがる。「江戸小紋も西陣織もカッコいいじゃん! イケてるじゃん!」って外の世界の評価がついてくると、伝統工芸の世界に安住していた人にも、何か気づきを与えられることがあります。古い世界を変えることは、直球ではとても難しい。そんな時、古い世界の横に、新しい世界を作ってみる。すると、古い世界にいる人がハッとする。「あれ? そっちの世界もいいじゃない」って。古い世界にこだわる方々を直接的に変えようと思うとすごくエネルギーを使うし、実際できないことも多い。全員と満遍なく仲よく、って無理だと思うんですよ(笑)。私は私のやり方で、深く繋がれる人とより太く、というやり方で、一緒に革新と進化を続けたいと思っています。

都市と地方、高齢者と若者、
「循環」という共通項

私たちが本質的に求めるものが地方にはある。今、私は「地方にこそ未来がある」を標語にしているくらいです。そんな私が作りたいのは、地方のクリエイティブステーション。同時に、東京の中に田舎が欲しい。地方と都市の循環とも言えますね。田舎に都会があって、都会に田舎がある、みたいな。佐賀県武雄市の図書館しかり、岐阜市のメディアコスモス内の図書館しかり、すごく楽しい居場所として機能しています。私たちに必要なのは、社会の中の居場所なんです。そこにいることで何かに守られているような、いわばシェルターのような場所って、都会でも田舎でも、ひいてはオフィスにも必要ですよね。

もう一つ、高齢者と若者のジェネレーション間の循環も必要だと思います。高齢者が社会のお荷物みたいな風潮が一部にありますが、それは社会の貴重な叡智の損失です。人生経験豊富な高齢者は一番知恵のある方々。そんな高齢者の方々に対して、社会のサポーターになりましょうよ、と言いたい。いっぱい失敗し、いっぱい成功してきた人たちが教えられることってたくさんあるじゃないですか。でも、高齢になって権力を握り続けるのは、ちょっと違うかな、とも思う。今、10代、20代の職人さんが70代、80代の職人さんのもとにどんどん飛び込んでいます。「俺の代で終わりだ」なんて嘆いていたおじいちゃんが喜んで教えていたりする。その景色がすごくいいな、と。そういう循環を社会が意識的にシステムとして持つべき。チャレンジしたいと思っている若者にとっても、いいことなんじゃないかな、と思います。

循環という意味では、地方へのアーティスト移住、子育て移住も急速に増えていますね。ネット環境が整ってさえいれば、都会にいなくてもビジネスに支障をきたさなくなった。最近よく聞く、地方からの起業というのも可能性に満ちていると感じています。二拠点生活もおもしろいですよね。東京ともう一ヶ所、新たな拠点を持つことで、新しい感覚が持てる。自分自身の発見にもつながる。この動きは、感度が高い人を中心にこれから加速していくと思います。

企業は、新しいCSRの形を発明しよう

トヨタの「LEXUS NEW TAKUMI PROJECT」に、アドバイザーという立場で関わらせてもらっています。全国各地にいる匠のアトリエに伺い、新商品開発に際してのアドバイスをさせていただいているのですが、びっくりするくらいおもしろいものが発見できる。アドバイスだなんておこがましいというか、匠のアイディアが着地できるようサポートしているという感じです。ものづくりしている方と一流のデザイナーが力を合わせることで、我々の想像を超える傑作がいくつも生まれている。さらに今後、そのプラットフォームを世界に羽ばたかせようとしています。トヨタという大企業が、自社製品の直接的なプロモーションとは切り離して、文化・芸術を支援するメセナ活動を、CSRという枠を超えてなさっているのは、「レクサスは日本のものづくりの結集だ」と考えているからなんですね。そのものづくりの火を絶やさないために、若い20代、30代の匠を応援しようと。企業のあるべき文化支援、社会貢献のすごくいいロールモデルだと思います。

日本の企業はCSR事業においても、それだけの予算を投じて、どれだけ売り上げに貢献したか、と追及しがち。これは、欧米では考えられないことです。松下幸之助の「企業は社会の公器である」という考えに立って、CSR活動と収益の向上を同一線上で考えることはやめたほうがいいと思います。CSR活動には、目先の収益以上のリターンが必ずありますから。企業イメージはどんどんよくなるし、社員のモチベーションも上がりますよね。「誰かのためになっているかどうか」という視点が、モチベーションを上げる大きな要素です。事業のプロセスの中でCSRをしていくのもいいとは思いますが、そうではない新しいCSRの形を考えていくと、もっと企業は進化できるのではないかと。日本の文化や伝統を支援していくレクサスのようなCSRは、もはや発明とも言えます。素晴らしいですよね。そういう発明とも呼べるCSRがもっと増えるといいなと思います。

「好き」の気持ちと使命感が
自分を突き動かしてくれる

自分でブランドを立ち上げるなんて挑戦的なことがなぜできたかといえば、「好き」の気持ちと、使命感に突き動かされたから。「私が今やらないと、大好きな日本の伝統産業がダメになってしまう」という使命感です。自分で自分にミッションを課すような部分があるのかもしれませんね。「自分がやらないとダメだ」というミッションや使命感を持って目の前の仕事に臨めるかどうかで、仕事へのモチベーションは全然違うものになると考えています。誰かに言われたからやっている、ではダメ。会社の中の一つの仕事であっても、自分が社長の気持ちで取り組んだら、モチベーションは全く変わってくるはずです。予算がないからこれしかできない、ではなく、今ある予算をどう使えば最大の効果を得られるか、ということに真剣に向き合わざるを得なくなる。障害を乗り越えようとするその真剣勝負の積み重ねが自分を強くするし、仕事を楽しむとは、本来そういうことだと思います。

今の時代、企業で働きながら自分の好きなことに取り組むために、副業制度も広がってきています。私、専門知識やスキルを活かしてボランティア活動をする「プロボノ」を推進する認定NPO法人サービスグラントの理事もやっているのですが、社外で異業種の方が集まったり、そこで何か活動したりすることから得られるエネルギーって、すごく大きいと実感しています。会社の中に閉じこもらないで、心をオープンに外の人と繋がって、チャネルをどんどん増やしていくこと。そこから新しいインスピレーションがもらえるはずです。

好きなことだけを追いかける人生って、決して楽しいことばかりではないですよ。当然、苦しいこともいっぱいあります。でも、苦しいことより、自分が好きで信じていられることを形にできる喜びのほうが、いつだって大きい。だからこそ、「好き」の道を自分で選んで、歩んでいかなきゃ人生は楽しめないっていつも思っています。

生駒 芳子
一般社団法人FUTURADITION WAO 代表理事
ファッションジャーナリスト、アート・プロデューサー。VOGUE、ELLEの副編集長を経て2008年より「マリ・クレール」の編集長を務め、独立。ファッション、アート、デザインから、社会貢献、クール・ジャパンまで、カルチャーとエシカルを軸とした新世代のライフスタイルを提案。地場産業や伝統産業の開発事業、地域開発など、地域創生に数多く取り組む。2015年より文化庁日本遺産のプロデューサー事業を手掛ける。経済産業省・日本ものづくり大賞審査委員、日本エシカル推進協議会副会長、東京2020ブランドアドバイザリーグループ委員、国連WFP(国際連合世界食糧計画)顧問など。
生駒 芳子
一般社団法人FUTURADITION WAO
代表理事
ファッションジャーナリスト、アート・プロデューサー。VOGUE、ELLEの副編集長を経て2008年より「マリ・クレール」の編集長を務め、独立。ファッション、アート、デザインから、社会貢献、クール・ジャパンまで、カルチャーとエシカルを軸とした新世代のライフスタイルを提案。地場産業や伝統産業の開発事業、地域開発など、地域創生に数多く取り組む。2015年より文化庁日本遺産のプロデューサー事業を手掛ける。経済産業省・日本ものづくり大賞審査委員、日本エシカル推進協議会副会長、東京2020ブランドアドバイザリーグループ委員、国連WFP(国際連合世界食糧計画)顧問など。

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