• CSVの実践企業が語る
    その本質的価値と
    実現への秘訣

    坪井 純子キリン株式会社 執行役員 ブランド戦略部長

    2018.06.29

Creating Shared Value、略してCSV。「共有価値の創造」と訳され、企業戦略で著名なマイケル・ポーター教授が提唱した考えです。CSRを一歩進めた概念とも言われ、社会貢献的な活動と経済活動の両立を説くCSVは、SOCIAL OUT TOKYOが目指す一つの形でもあるビジネスモデル。そんなCSVの先駆けとして知られるキリンで、CSV本部を創設した当時から活動を牽引してきた坪井純子さんに、CSV経営とブランドコミュニケーションについて伺いました。ググってはみたけど、CSVが何なのかイマイチ理解できていないという方も必見です。

以下、容量の関係により、一部内容を割愛させていただきながら、そのエッセンスを余すところなくご紹介します。

クラフトビールからはじまるキリンのDNA

新たな事業を起こす際に非常に大事なのは、どこに自分たちのDNAを置くのか、ということ。キリンビール(現在の商品名はキリンラガービール)が初めて世に誕生したのは、今から130年前、1888年でした。当時は、横浜が開港したばかりの明治時代。世界の文化が横浜に入ってきて、横浜から日本中に文化が発信されていました。その頃のビールはとても高価なものでしたが、少数のブルワーたちが情熱をもってビールづくりを行いました。キリンのはじまりは、大量生産のビールではなく、クラフトビールに近いものだったのです。クラフトマンシップをベースに、日本に新しい食・飲料の文化、生活の豊かさを拡げていきたい。これがキリンのDNAであり、原点です。

「箱から入って、これからやるんだ」

キリン株式会社は、キリンビール株式会社、メルシャン株式会社、キリンビバレッジ株式会社の3つの国内飲料メーカーの横ぐしをさす会社。そのような体制になったのは2013年のことです。これに合わせて、ブランド戦略、コーポレートコミュニケーション、戦略的CSRなどの部門を束ねる本部を設置することになり、その名前を検討していました。「ブランド戦略本部?」「コミュニケーション本部?」などの案があがりましたが、社長が一声、「これからはCSVだ」と。たまたまその少し前に社長が(CSVの考え方を提唱した)マイケル・ポーター教授に会い、これからはCSVだと確信したそうです。「でも社長。これから始めるのに、CSV本部(という箱)だけ先につくりましても…」と意見も出ましたが、「いやいや、箱から入って、これからやるんだ」と。そんな社長の並々ならぬ決意のもと、ブランド戦略や企業コミュニケーションなどを束ねる本部の名前がCSV本部となったのです。

まずは形からでもいいから、とにかく一歩動き出すことを説いた社長の言葉。いろいろ考えるがあまり動けず、時間だけが過ぎてしまうことも往々にしてある中で、その重要性がひしひしと感じられます。

誰か、ではなく、みんなでやるのがCSV

CSV本部が立ち上がったばかりの当時は、名刺を出してもCSVが何なのか伝わらないような時代でした。なので、まず挨拶の後にCSVの説明からはじめることが多かったですね。おそらく、組織名にCSVを冠したのは世界で初めてではないかとマイケル・ポーター氏にもおっしゃっていただいたんですが、実はキリンでは昨年の春から「本部」と呼ぶのをやめました。まず象徴としてこしらえた「箱」でしたが、社内への浸透も進み、次のステージを見据えたときに、本部があると、CSVはCSV本部がやるもの、と考える人が出てきてしまうんですね。それは違う、と。 CSVの考え方は、全社員が思考や行動の指針にすべきこと。だから、全員で、全部門でやろう、ということです。そんな考えから現在では、「キリンでは全部門がCSVに取り組む」という思いから「CSV本部」がなくなったわけです。

お客様や社会と共有できる価値を創造する

CSRをさらに進めた考えがCSV(Creating Shared Value)。社会的な価値と経済的な価値がWin-Winになるようなことをやっていこう、という意味ですね。日本には昔から三方良しという概念がありますので、比較的なじみのあるものかもしれません。社会によいことをしながら事業も儲かるほうが持続的、という考え方。利益が減ってきたから寄付も減ってきた、ではなくて、事業そのものが社会貢献になっているほうが持続可能性がある。だからCSVを掲げる、ということです。 みんな何かしらの思いがあって起業する。それは必ずや何か社会の役に立つものであるし、実はどの会社さんにもあることだと私は思います。キリンも、そういった世の中の役に立つことを自分たちなりにいろいろと考えてきました。CSVという言葉を使わず、サステナリビティや戦略的CSRという言葉を使っている会社さんもあります。同じ意味だと思ってよいと思いますし、言葉そのものにこだわる必要はまったくないと思います。

キリンのCSV経営が目指す「3層の循環」

CSVには3つの層(レイヤー)があります。1つめは、経営としてのCSV。世の中からどう評価されるのか。お客様から「世の中にこんなにいいことをしているなんて、いい企業だね」と思っていただき、愛されるブランドになる。このブランドの成長は、企業としての成長にも直結します。 2つめは、事業の中で実践するCSV。実際の事業の中でどうCSVを実践していくか。キリンならではの価値創造で、社会課題に取り組むとともに、経済価値を生み出します。そして3つめが、社員に還元されるCSV。お客様の期待に応えるおいしい商品を出した結果、世の中が元気になる。世の中によいことをしているという事実や、お客様に「いい企業だね」と評価されることが、従業員の誇りになって、また新たな価値創造のモチベーションにもつながります。つまり、CSVは社員にとっても重要なこと。「キリンっていいね」と外から思われることが、働く社員の誇りになるわけですよね。これら3層の循環を考えることが、キリンのCSV経営です。

キリンが取り組む社会課題とCSV

キリンでは特に、酒類を扱うメーカーの責任としての「アルコール関連問題」に加え、「健康」「地域社会」「環境」の3つの社会課題に取り組んでいます。例えば、ホップの里とも呼ばれている岩手県遠野市での取り組み。後継者不足の問題は国内どこもそうだと思いますが、遠野市でも農業の後継者が不足して収穫量が下がっている。このままいくと、国産ホップが足りなくなる。とれたてホップのビールもつくれない。そこでキリンでは、農業の支援、遠野市の活性化に繋げるべく、農業法人をつくり、遠野市と協力してホップの生産を支援するプロジェクトを始めています。遠野市でホップの収穫祭を企画して、ホップの町からビールの町と呼ばれるようにブランディングすることで地域の活性につなげ、東京でもそれを伝えるようなお祭りをする。各地のクラフトビールメーカーへのホップの供給を通じて、最終的にはクラフトビールを通じた全国各地の活性化にも繋げたいという思いです。 また、長野県上田市では、かつて大半が遊休荒廃地であったところを、ワインのブドウづくりに適した環境であるということから、土地所有者や地域の皆さん、行政の方々の協力を得て、広大なワインヤードとして造成し直し、ワインの生産につなげる活動をしています。耕作放棄によって失われつつあった希少な植生、里山の自然環境を保護しつつ、ワインの生産によって、地域経済にも寄与していくのが目的です。

「なぜウチがやるのか」という問いが大事

社会課題の解決をどうマネタイズしていくか、ビジネスにしていくか。話の起点を社会課題にもつ考え方はアウトサイドインと呼ばれています。反対に、いま既に利益がある事業を起点に、どう社会課題へのアプローチを付加していくかという考え方をインサイドアウトと言います。どちらにも共通して大切な視点が、「なぜウチがやるのか」ということだと思います。ウチにしかできない価値がそこにあるのか、ということですね。 これから新規事業を考えようという人を含めてもそうだと思いますが、結局のところ、どんなお客様のどんなニーズに応える製品・サービス・プラットフォームをつくろうとしているのか、というのが重要です。そのターゲットの生活の中で、消費されているシーンがイメージできないと続かない。それが事業企画の原点になる。その次は、「ウチがやる意味は何?」「ウチが参加する意味は何?」というところ。ここがなければ、他社がすぐに追いついちゃうし、場合によっては(数社で協業している場合は、自社の存在意義がないので)中抜きされてしまう。 イノベーションとは異質なものをつなぐこと。アウトサイドインでもインサウドアウトでも、やりたいこととできること、やりたいことと社会に役に立つことをつなぐのが、結局のところ、アイデアなんですね。知恵を絞って、点と点をアイデアでつなぐこと。イノベーションとは、それに尽きると思います。

CSVがマーケティングと
切っては語れない理由

いま、企業に社会的価値が問われるのは、お客様がそれを求めているからです。特に日本では東日本大震災以降、世の中にどういう存在であるのか、企業は役に立つのか、というように、企業にもますます社会的価値が求められており、社会的価値のある起業をしようという風潮も強まっています。CSVはマーケティングと切り離されて語られることもありますが、そうではない。キリンでは、マーケティング視点でお客様のことと社会のことをとことん心を尽くして考え抜いた結果、いま、社会的価値(=CSV視点)が必要なんだと考えています。

社会課題の「キーレバー」は
社会の成熟度によって違う

マズローの欲求5段階説というのがありますが、例えば紛争が起こっていたり、飢餓があったりするようなエリア(市場)と、発展途上で成長中のエリア(市場)と、成熟し人口が減っているようなエリア(市場)とでは、社会課題のキーレバーが違います。飢餓や貧困が掲げられているエリアのキーレバーは「恐れ」なので、これらをどう取り除くかが社会課題。成長中のエリアは市場がどんどん伸びていますから、消費を拡大するいろいろなチャンスがありますが、日本のような成熟社会におけるキーレバーは「マインド」にある、と最近議論されています。 日本らしいCSVのトンマナとしては、「からだからこころへ」、「共感・共創力」、「日本的価値観」などが挙げられますね。成熟社会の社会課題は、こころの豊かさ、人と人とのつながり、温かみに寄っていく。日本社会での起業やビジネスを考えるならば、日本社会のトンマナからは逃げられないと思います。一方、グローバルでビジネスを発想するのであれば、その国は今どんな状況なのか、社会課題のキーレバーはどこにあるのかを考えるとよいと思いますね。

事業の中で社会的価値を考えるのは、
ごく自然なこと

どんな企業活動も、やりたいこと(want)、できることや強み(can)、それがどう社会のためになるのか(must)ということの循環なのだと思います。アウトサイドインの場合はmustから考えますが、起業家の人はまずwant、やりたいことからかな、と。だからこそ、何があなたの強みで、誰かと協業するならどんな強みを持ち寄れるんですか?ってことが重要ですね。それが世の中にとって役に立つものなのか、ずっとあり続けてほしいと思われることなのかも重要。社会的価値があるということは、未来にとって、そのビジネスが必要であるということ。サステナビリティがあるということになります。 事業の中でCSVを考える、社会的価値を考えるというのは、継続的なビジネスを考える場ではごく自然なことで、CSV戦略とは世の中にあり続ける価値を考えることとも言えますね。先ほど、カギはアイデアと言いましたが、そのつながりを生み出すべく考え続ける、ということです。

実体験こそ、
社員のモチベーションを生む原動力

キリンでは現在、創業の地・横浜にある赤レンガ倉庫で「#カンパイ展」という体験型イベントを開催しています。お客様にキリンの歴史を体感いただく1ヶ月間のイベントで、スタッフにはキリンの社員も加わります。社内でスタッフを募集したところ、予想以上に応募があって、最終的には70人ほどの社員が参加してくれています。スタッフになるということは、説明するために自分たちのDNAや歴史を深く理解しなければならないということ。それにより、自社に対して思い入れが深まるという面もあります。しかしそれ以上に、来場するお客様からの「いいね」を自分の目で直接見る、お客様が喜ぶ顔に立ち会ってもらう、という側面を重視しています。 こうしたイベントは、キリンの思想を発信するよい機会ですが、そこに社員自身が参加することが想定以上によい効果を生んでいて、インナーブランディングにおいても、「やはり深い実体験がいちばん効く」と痛感しました。一方で、深い体験の場は人数も限られるので、一度に全員に情熱を伝えることは難しく、ハブをつくって拡散していこうと考えています。例えば、今回スタッフとなってくれた70人に社内でハブになってもらい、二次的な拡散を担ってもらう、というような考え方ですね。

エピローグ:やりたいことを守り抜き、
実現させる秘訣とは

会場からは、事業化を目論むと、収益化を考える際に角が取れてしまったり、オープンイノベーションを考えていたはずなのに手段が目的化してしまったりということがよくある。事業を起こす際にやりたいことを守り抜く工夫、実現させるための工夫などあれば教えてほしいとの質問が寄せられた。

代官山のスプリングバレー(※1)も、最初は情熱ある二人の社員の声から始まりました。最初は「何の意味があるんだ」という話もあったと思います。成功要因の一つは、味方を増やしたこと。私も味方になった側の一人ですが、最初プレゼン資料を持ってきて、あれこれ語るわけです、情熱をもって。そのとき、「これはなんかおもしろそうだな」と思ったので「まずは味方を増やそう」と助言しました。代官山スプリングバレーの例だけではありませんが、こういった新しい取り組みを実現するには、賛成し応援するだけでなく、参加し、巻き込まれて、力を貸してくれる味方を増やすことがポイントだと思います。このままじゃダメだから、もっとマネタイズするにはこういう人を巻き込んだらどうだろう。経理のわかる人を入れよう、マーケティングや営業も入れよう、といった感じです。強みを持った人をチームに入れて「アングラタスクフォース」でプランを膨らませていく。そうすると、実現するための、厳しいけれどポジティブな意見がいろいろと出てきます。そこである程度形を整えたところで、経営決裁ルートに乗せていく。そんなやり方もこれからはあってよいのではないでしょうか。 話の持って行きかた一つにしても、企画に共感してくれそうな人にピンポイントで声をかけるとか(笑)。先ほどお伝えした「#カンパイ展」の企画も、強みを持って参加してくれる人や、工場、支社を巻き込んだりして、味方をどうやって増やしていくかを大事に考えました。私は、横浜赤レンガで2年ほど社長を務めました。心のどこかで「絶対いつか横浜赤レンガでもう一度仕事をしたい」と思っていましたが、その強い熱意もこの企画が実現するパワーになったかもしれません。話の持って行きかたは肝の一つ、とはいえ、やりたいことの軸はブラしてはいけないと思いますし、やっぱり最後は、熱意、に尽きますね。

※1 SPRING VALLEY BREWERY TOKYO…新しいビールカルチャーの発信基地として、キリンが東京・代官山に設立した体験型店舗。モノづくりの会社における商品は、モノだけではなく、サービスや体験も含まれるという考えに基づき生まれた。ビールとフードとのペアリング体験や、インフューザーを使った味のカスタマイズ体験、世界で一つと言われる透明なビール製造タンクで製造中のビールを見ることができる体験、ブルワリーツアーやセミナーなどの提供を通して、モノづくりメーカーの「モノ」の価値を広げる取り組みを行っている。

坪井 純子
キリン株式会社 執行役員 ブランド戦略部長
東京大学理学部卒業。キリンビール㈱入社。技術系出身だが、ビール、清涼飲料のマーケティング、広報を長く経験。開発商品に「キリン 秋味」など。2010年3月から2年間、横浜みなとみらいの文化・商業施設、横浜赤レンガの代表取締役社長を務めた。その後キリンホールディングス㈱部長を経て、2013年1月から国内綜合飲料事業を統括するキリン㈱のブランド戦略部長。KIRINのコーポレートブランディング、グループ内リサーチ、サッカー応援などのブランドコミュニケーション、インナーブランディングなどを担う。2014年3月から執行役員。
坪井 純子
キリン株式会社
執行役員 ブランド戦略部長
東京大学理学部卒業。キリンビール㈱入社。技術系出身だが、ビール、清涼飲料のマーケティング、広報を長く経験。開発商品に「キリン 秋味」など。2010年3月から2年間、横浜みなとみらいの文化・商業施設、横浜赤レンガの代表取締役社長を務めた。その後キリンホールディングス㈱部長を経て、2013年1月から国内綜合飲料事業を統括するキリン㈱のブランド戦略部長。KIRINのコーポレートブランディング、グループ内リサーチ、サッカー応援などのブランドコミュニケーション、インナーブランディングなどを担う。2014年3月から執行役員。

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