• 地域で活躍する
    実践者に聞く、
    社会課題を解決する
    デザインの力

    筧 裕介issue+design 代表

    2018.09.28

震災ボランティア支援の「できますゼッケン」、育児支援の「親子健康手帳」、300人の地域住民と一緒に描く未来ビジョン「高知県佐川町・みんなでつくる総合計画」。全国3ヶ所に拠点を持ち、issue+designの代表として地域社会の課題解決に挑み続ける筧裕介さん。その情熱を支えていたのは、社会課題という難問にともに取り組む素晴らしいパートナーたちの存在でした。

以下、容量の関係により、一部内容を割愛させていただきながら、そのエッセンスを余すところなくご紹介します。

デザインの力で起こす、幸せなムーブメント

僕は神戸のNPO法人issue+desisnの代表をしているのですが、東京では株式会社博報堂に所属し、高知県の佐川町役場でも肩書きを頂いていて、東京、神戸、高知を行き来する生活をしています。それ以外にも、全国いろんな地域でプロジェクトをさせていただいています。基本的なミッションは、日本の地域や社会が抱える様々な課題をデザインの力で解決すること。僕らはデザインという言葉を非常に幅広い意味で捉えていて、人の気持ちを動かしたり、行動を喚起したり、課題解決に向けた幸せなムーブメントを起こしていくような美と共感の力があるものがデザイン。論理的に正しいことや分析から導き出された結論では人の気持ちは動かないから、人が行動するためにはデザインの力が必要なんじゃないかな、という考えのもと、いろんな方々と一緒にオープンにやっていくことを掲げています。

「スキル共有i.d.」から「できますゼッケン」へ

最初にあげる事例は「震災+design」。神戸市を舞台にプロジェクトがスタートしたのは、阪神淡路大震災から10年ほどが経ち、東日本大震災の前、日本全体で防災に対する意識が底くらいまで低くなっていた頃です。そういった背景から、今から10年以内に大きな地震が再び神戸で発生したらどういうことが起こるのか、その課題解決をみんなで考えましょう、ということを住民参加型でワークショップをしながら、様々なデザインの企画をするプロジェクトでした。そこで生まれ、以降のプロジェクトのアイデアの種ともなったのが「スキル共有i.d.」です。神戸のような大都市では隣人との関係性が全く見えず、有事の際に突然ひとりで孤立してしまうということが起こりえます。そんな状況でも避難生活をしていかなければいけないとき、避難所の中で自分のスキルや嗜好を共有するためのIDカードのような仕組みがあればいいんじゃないかという提案ですね。

プロジェクトが終わって2年少し経った頃に東日本大震災が発生し、テレビを見ながら一晩中、自分は何ができるだろうと考えたとき、この「スキル共有i.d.」を思い出しました。プロトタイプを阪神淡路大震災の経験者や避難所の運営に当たった市の職員の方々に見せて、フィードバックをもらったことがあったのですが、その中で、「こういうの、ボランティアの人が持ってきてくれるとよかったね」とポロリとおっしゃっていたんです。阪神淡路大震災が発生した1995年はボランティア元年とも言われていて、多くの方がボランティアとして集まったのに、実際は全く機能しなかったという状況がありました。日本にまだボランティアという概念が根付いていなかったことや、駆けつけた人たちも何をしたらいいのかわかっていなかったことも原因かもしれません。行政の人たちも、来てくれた人に何を頼んでいいのかわからなかった。そんなとき、自分はどんなことができて、何をしようと思ってボランティアに駆けつけたのかが見えると少しはよかったかもしれないね、というお話だったんです。この教訓を東日本大震災の現場で何とか生かしたいという思いから、「できますゼッケン」が生まれました。

避難所やボランティアの現場では首から下げるような名刺サイズでは全く機能しないと考えたため、赤青緑黄色の4色で担当できる作業領域が瞬時に見分けられるA4の紙を、上着の背中にガムテープで貼り付ける仕様にしました。A4の紙は、地震が発生すると物資を届けること自体も困難になりうるため、ボランティアに行く人自身が出力して持っていけることを前提にしています。さらに、スキルの領域を明らかにした上で、自分ができる具体的な内容と氏名をマジックで大きく書きます。これから被災地にボランティアに行くというときに、自分は何ができるのかをまず考えてほしいという思いが込められていて、自分ができることを表明し、被災者や現場の担当者とコミュニケーションを取るところから支援を始めてほしいというメッセージとともにお届けしました。

勝手にはじめたプロジェクトがきっかけに

「震災+design」はもともと、僕ら仲間内で本当に勝手に始めたもの。しかし、ご縁があって神戸市からお声掛けをいただき、今年まで継続的に、神戸の課題解決プロジェクトを一緒にやっています。毎年神戸の様々な領域の課題設定をして、住民の方々にいろんな形で参加してもらいながら出てきたアイデアを、参加者や自治体、僕たちで一緒に実行しています。例えば2012年には「うつと自殺」という結構シビアな課題をテーマにしました。これについては、神戸市がストレスマウンテンという、今の心の状態をサイト上で診断できるサービスを提供しました。その後も、京都、神奈川県厚木市などへと、少しずつプロジェクトは広がっています。

時代に合わせた親子健康手帳のリデザイン

日本の親子(母子)健康手帳は、世界的にも高い評価を受けているツールですが、僕が当時のそれを最初に見たときは「非常に出来が悪いな」という印象を受けました。字が小さい、情報が探しにくいなど、お母さんたちに有益な情報が詰まっているにもかかわらず、それがほとんど届かないような編集。健康手帳が誕生した当初の目的は、当時の課題である出産による妊婦と乳幼児の死亡率を下げることであり、現代社会の親子関係や育児に必要とされる情報にアップデートされていないことがその理由でした。

何らかのリデザインが必要では?と考えた僕らは、東京都港区と、仕事での繋がりがあった地方創生のトップランナー、島根県の海士町に協力を仰ぎました。大都市と離島という異なる環境下で子育てをするお母さんに親子健康手帳を見てもらい、どこに問題があるのかをディスカッションするワークショップを繰り返しながらデザインを検討しました。そして完成した新たな親子健康手帳は、2018年2月時点で全国約200の自治体で採用いただくまでに広がっています。

町のみんなでつくる佐川町総合計画

高知県佐川(さかわ)町は人口14,000人の町です。ここは、牧野富太郎さんという植物学の祖となった方の出生地で、非常に美しい風光明媚な場所。高知を代表する銘酒・司牡丹の酒蔵もあり、ポテンシャルがとても高い町です。その佐川町に2013年、新しい町長が就任されました。その新町長がこれから10年かけてやりたいと思っていること、それが「町民自らが、町の未来を考えられるようにしたい」ということでした。まずは全ての町民に佐川町は自分たちの町なんだという意識を持ってもらいたい。そこからいろいろなことをはじめていきたいので手伝ってもらえないか、という相談を受けました。

最初にやることになったのは「総合計画」です。自治体って大体10年に1度、中長期のビジョンなどを明記した総合計画をつくります。しかし実際は全国的に見ても、計画が何の意味もなさないことになりがちな現状がありました。ここから変えたい。この総合計画をつくる段階から、いかに住民の方々に関わってもらって一緒に町をつくっていけるか、それが大事だということからスタートしました。2年間、計17回のワークショップの中で、分野別、地区別の集まりや、地域内の中学校や高校の子どもたちにも参加してもらい、最終的には町の人口の5%くらいとなる総勢654名でつくり上げていきました。

そうして生まれた都市計画では、2025年までに実現させたい25の未来像を描いています。例えば01番。佐川町の方々にとって大きな誇りは植物。学校教育でも牧野富太郎さんのことは熱心に伝えているし、皆さん、自身の庭を丁寧につくられている。そういった背景から、町全部が植物園のようになって、植物が好きな人が日本中から集まってくれるような町づくりをしましょう、ということを掲げています。林業が町の大きな産業なので、新しいタイプの林業推進の話や、さかわ発明ラボという、ものづくり工房の話なども含まれています。

住民が町を歩き回りたくなる仕組みとは

さかわ発明ラボは林業が町の主産業であることと関係しています。建築に使われる太い木材はある程度の価格で取引されますが、それ以外のものは買い叩かれてしまう。すると山から切り出してきてもお金にならないので、そのまま放置されてしまう。結果的に山が荒れて台風などの自然災害時に悪影響を及ぼしかねないし、山の木の手入れをきちんとすることは温暖化対策にもなる。なので林業をしっかり回していく必要があるよね、と。そこで、木材を使った新しいものづくりができないか、という話が生まれました。今はものづくりの民主化時代とも言われるほど、デジタルファブリケーションが一般化されています。そこで、地域に住む人たちが自分たちでものづくりを楽しみ、それを販売までできる環境が整うといいな、と。なおかつ、新しいものづくりを目指す人たちがこの町に集まってきて、木材をどんどん使いながら新しいチャレンジをしていくような流れが生まれるとさらにいい。そんなことを目的として、さかわ発明ラボという事業を開始しました。

その中で行っていることの一つに、コミュニティーデザイン事業があります。デジタルファブリケーションの工房というのは、一部の若い人には興味を持ってもらえますが、普通の町民の方々からは距離を持たれがち。できるだけいろんな人にこの活動に参加してもらいたいという気持ちがあったので、総合計画19の“さかわ散歩の達人”と組み合わせたプロジェクトを考えました。実は地方にとって医療費の削減というのは大きな課題で、そのためには中高年の方の運動促進が大切。幸い佐川町は植物の町で、歩くと素敵な場所がたくさんある。だからもっとみんなで歩いて回る習慣をつくりましょう、という話が生まれました。「どうしたら人は歩きたくなるんだろう」という話の中で、「もっと町の中にベンチがあったらいいね」という意見が出ました。座って休憩できたり、そこで誰かと雑談できたりするといい。最初はベンチを町の予算で購入しようかとなったんですが、それではあまりいい施策にならなそうだと考え、「集まりたくなるベンチづくりワークショップ」という企画を考えました。散歩をするときに必要なベンチを住民みんなで考えてつくりましょうというプロジェクトです。

ここにこんなベンチがあると、春には町の名物であるバイカオウレンという花がきれいに眺められていいね、とか、そういうことをみんなで探して考えてワクワクしながら想像する。ベンチはどんな形や高さだったらいいかまで考える。実際に住民の皆さんに手を動かしてもらい、木材で試作品をつくります。よさそうなものは段ボールでプロトタイピングし、そのあとプロが3Dモデリングして、工房で木材をカットして原型をつくります。それを後日、再び集まった住民がやすりがけ・塗装し、実際に設置するところまで行います。1つをつくるのに3ヶ月かかるので、プロジェクト開始から2年ほどたった今では7、8個のベンチが町中にあります。もちろんベンチはつくって終わりではなく、定期的にメンテナンスもしています。このプロジェクトが住民にとって、デジタルファブリケーションなどの新しい技術に触れるきっかけとなれば、という思いもありますね。

総合計画づくりからプロダクト開発まで

木材を使ったものづくりの事例としてもう一つ、「Write More(ライト・モア)」というプロダクト開発があります。世の中にはおもしろい研究者がたくさんいるもので、線や文字を書くときに生まれる筆記音を聞いた子どもは、そのサラサラ、カリカリという音を聞くことに夢中になり、美しい線を描いたり、上手に文字を書いたりできるようになるのが速いという研究がありました。そこで、筆記やお絵かきを楽しめる木製のボードにマイクとスピーカーを内蔵させ、筆記の際に少し大きな筆記音が発生する「Write More(ライト・モア)」という商品を作りました。佐川町のふるさと納税の返礼品にもなっていて、ビジネスとしての拡大も考えています。このように佐川町では、総合計画づくりをご一緒した縁から誕生したものづくり工房を拠点に、現在ではさらにいろいろなプロジェクトを展開するまでに至っています。

自分が向き合いたい課題を、まずやってみる

静岡県のNPO団体とは、シングルマザー向けメディアの立ち上げをやっています。これから何らかの事情で離婚に向かわなければいけないという女性には、旦那さんとの関係に始まり、離婚後の住まいや仕事はどうするかなど、多くの対処すべき課題が生じます。離婚の詳細なケーススタディーとともに、離婚後は何をどうしていくべきか、どういう支援窓口があるかといった情報をしっかり伝えることを目的としています。現状はまだボランティアに近い感じですが、できますゼッケンのときと同様に、まずはつくってみよう、と。こういうマイノリティーというか、シングルマザーの方々が抱える課題に関する広げ方はきっとある、と考えています。これから何とか持続可能な状態にしていこうという段階ですね。

もう一点、まだ構想中なんですが、興味を持ってくれる人がいれば一緒に何かできるかな、と思って今日お話ししたいテーマが認知症です。これから認知症1000万人時代が来る、という状況に対して、今、認知症に対する日本の取り組みって、ほとんどが予防なんですね。しかし、高齢者の5人に1人が認知症になると言われている状況で、すでに認知症になっている人も多い中、認知症の方々が幸せに暮らしていける社会システムづくりこそが大きな課題だし、企業にとっては大きな市場にもなるだろうと考えています。そこで、認知症未来創造ハブというプロジェクトを始めます。慶応大学の先生などとともに、認知症当事者の活動と社会をどう繋げていくのかを考えています。認知症になられている当事者や家族と一緒に、そういう方々にとってどういう食事や住まい環境、娯楽がいいのかなど含め、一緒につくっていこう、という思いで進めていて、今一番真剣にやりたいと思っているテーマです。

当事者じゃないからこそ、できることがある

会場からは、ソーシャルなビジネスにおけるマネタイズの難しさに触れ、どうやって事業としての収益を確保しているのかといった声が挙がった。

いろいろ収益を安定させるための模索はしていますが、今のところは、複数の財源を組み合わせながらきっちりやっていくことでうまく回しています。行政からの依託金や国からの補助金、物販のような収益、制作費など、異なる収入源を組み合わせ、どうやって事業として成立させるかを考えることが重要だと思っていて、そこにはしっかりこだわって、厳密に取り組んでいますね。ソーシャルな領域には、お金を気にしない文化や風土だったり、対価を請求することに対する後ろめたいような空気感があったりしますが、事業として行っていく上ではやはり、自分がやった成果に対する報酬にはちゃんとこだわったほうがいいと考えています。

続いて、こういった社会課題の解決においては、自分が当事者の場合と、そうじゃない立場として関わるのとで、関わりやすさや深さが異なってくると思うが、当事者じゃない場合にどう地域の課題に関わっていくのかといった質問が出た。

短期的には、当事者の立場に立って深く考えること。例えば、この町の未来づくりに深く関わりたいといった、しっかりとしたコミットは重要ですね。ただ、自分の価値はそこではないというか、当事者になりすぎると、目の前にある現実と向き合いすぎて、本質的なことを見落としてしまう。そうではなくて、あくまで町の10年、20年先といった未来を大局的に描きながら、客観的に考える視点が重要なんだと思います。そういった意味で、ソーシャル領域は当事者じゃないほうがやれることが多いような気がしますね。また、現場では短期的な視点、町長などの立場では中長期的な視点といったように、地域の中での役割分担もあると思います。そういったことをしっかり意識しながら僕自身も活動を続けています。

本当にやりたいことと
向き合ってみてわかったこと

最後に。自分が本当にやりたいことって何なんだろうと昔からよく考えるんですが、なかなか結論が出ない。自分がやるべきことはこれだ!というものをはっきり持っていて、それに向けて頑張れる人ってすごくいいな、という憧れみたいな感情が昔からすごくあります。僕はそれを探し続けているけど見つけられていない。でも、僕がやりたいことって何なのかなって考えたときにひとつ思うのは、「心からこの課題を何とかしたい」という感情があること。先ほどのシングルマザーや認知症に関する話もそうですが、この難しい問題をなんとかしたいという思いで向き合ったときに、ワクワクというと語弊がありますが、すごく心が躍る瞬間があります。そういう難問は必ず僕一人では解けないので、「この人はすごい。この人と一緒にやればこの難問が解けるかもしれない」と思える人とプロジェクトをやることが、僕にとって一番楽しいことかもしれません。佐川町のプロジェクトの際は、掘見町長と一緒だったらこれから先10年を変えられるかもしれない、と思いましたし、認知症プロジェクトのときも、慶応大学の堀田教授となら新しい未来がつくれるんじゃないか、と思いました。僕にとっては、心躍るような難しい課題に対して誰と取り組むかがとても大切で、それが自分にとってのやりたいことなのかもしれませんね。

筧 裕介
issue+design 代表
1975年生まれ。一橋大学社会学部卒業。東京大学大学院工学系研究科修了(工学博士)。2008年issue+design 設立。以降、社会課題解決、地域活性化のためのデザイン領域のプロジェクトに取り組む。著書に『ソーシャルデザイン実践ガイド』『人口減少×デザイン』『震災のためにデザインは何が可能か』など。代表プロジェクトに、震災ボランティア支援の「できますゼッケン」、育児支援の「親子健康手帳」、300人の地域住民と一緒に描く未来ビジョン「高知県佐川町・みんなでつくる総合計画」など。グッドデザイン賞、日本計画行政学会・学会奨励賞、竹尾デザイン賞、カンヌライオンズ(仏)、D&AD(英)Shenzhen Design Award 2014 (中)他受賞多数。
筧 裕介
issue+design
代表
1975年生まれ。一橋大学社会学部卒業。東京大学大学院工学系研究科修了(工学博士)。2008年issue+design 設立。以降、社会課題解決、地域活性化のためのデザイン領域のプロジェクトに取り組む。著書に『ソーシャルデザイン実践ガイド』『人口減少×デザイン』『震災のためにデザインは何が可能か』など。代表プロジェクトに、震災ボランティア支援の「できますゼッケン」、育児支援の「親子健康手帳」、300人の地域住民と一緒に描く未来ビジョン「高知県佐川町・みんなでつくる総合計画」など。グッドデザイン賞、日本計画行政学会・学会奨励賞、竹尾デザイン賞、カンヌライオンズ(仏)、D&AD(英)Shenzhen Design Award 2014 (中)他受賞多数。

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