• 価値と文脈を創造し、
    「社会を導く仕組み」を
    デザインする

    川上 智子早稲田大学大学院 経営管理研究科 教授

    2018.07.25

Journal of Product Innovation Management編集委員に日本から唯一選出。日本マーケティング学会理事であり、2017年にはアジア・マーケティング研究者トップ100にもランクインした川上智子教授に伺う「SDGs時代のマーケティングと価値創造のあり方」。マーケティングってそもそも何?という基礎的なお話から、マーケティングがこれまでとは違う方向に舵を切り始めているというお話まで。これから世の中はどこに向かっていくのか。マーケティング担当でない方もぜひ。

以下、容量の関係により、一部内容を割愛させていただきながら、そのエッセンスを余すところなくご紹介します。

改めて立ち戻る、
マーケティングの本質的役割

マーケティングってなんぞや?と考えること自体、すごく奥深いことです。わかりやすく整理すると、まず土台に発明(モノやサービス)があります。その外側でイノベーションが生まれ(便益と利益の創出)、さらにその外側にマーケティング(顧客の創造と維持)があります。ポイントは、マーケティングは続けることが重要だということ。顧客を創造し、維持し続ける。売るための仕組みづくりとも言えます。その究極に、強いブランドづくりがあります。強いブランドがつくれれば、価格競争に巻き込まれない。広く捉えると、マーケティングは経営判断であり、とても重要な役割を担う活動と言えますね。

「だって好きだから」の
気持ちづくりに投資する

強いブランドづくりがなぜ重要かというと、合理的に意思決定するのをやめさせることができるからです。「なぜ好きなの?」と聞かれて、「好きだから好き」という状態は、本当に強いですね。感情、愛着とも言えます。そのブランドが大好きという状態になると、仮にブランドに悪いことが起きても、守ろうとするんです。「誰がなんと言っても好き」という状態。そこまで行ったら、もう何も怖くないですね。 ところが、日本企業は世界的に見ても、マーケティングが弱い。私はいろんなところでマーケティングは大事だとよく言っているのですが、なかなかマーケティング予算は増えない。マーケティング予算って、リスクマネーなんですよ。どうなるかわからないことに投資しなくてはならない。効果も見えづらい。だから、ちょっと景気が悪くなるとすぐ予算が削られてしまう。R&Dだって同じリスクマネーですが、日本ではあまり削られないんですね。これは、ものづくり信仰がある国ならではだと思います。もっとリスクをとってマーケティングに投資することが重要で、もう、モノやサービスの発明、イノベーションだけで物事を考えるのはやめましょうと言いたいですね。マーケティングにもっと投資しましょう、と。

「モノからコトへ」なんて嘘

「モノからコトへ」なんて言葉がありますけど、あれは嘘ですから(笑)。マーケティングの観点から言うと、コトのないモノはない。つまり、すべて便益なんです。消費者にとっての便益があるからモノが売れるのであって、モノがただモノとして売れるということはありえない。1960年代の時点ですでに、マーケティング学者のセオドア・レビットは「すべてコトなんだ」に近い言葉を残していますし、モノとコトを分けて考えること自体、何か誤解を招いてしまっているんじゃないかという気がしています。

日本人が陥りがちな
「モノを買う理由」の落とし穴

近い将来、自動運転が一般化するとも言われていますね。自動運転になるとハンドル操作がいらなくなるから、運転が好きな人からすると、運転の楽しさが奪われるとも言えます。しかし、このことはあまり語られない。どうしてかというと、機能だけで物事を見ている人が多いからなんですね。安全になるとか便利になる、という話法です。でも、人間の心理としては「楽しみたい」んですよ。楽しいからやっていることって、たくさんあるんです。 ここで言いたいのは、便益は何だろうと考えたときに、ものづくり文化が強い日本では特に、機能で考えてしまいがちだということ。ビジネスを機能だけで考えてしまう。これは気をつけたほうがいいです。人がモノを買う心理には、機能以外のことが結構あります。例えば、飛行機の便益とは何でしょう。離れた場所に移動できるというのは機能的便益で、ステータス感を得られるといったようなことは、情緒的便益ですね。便益にはこの2種類があり、実は両方とも必要なんです。

Uberがヒットした本当の理由

価値というのはコスパです。得られる便益に対して、どれくらいコストがかかるか。つまり、<価値=便益/コスト>ですね。そう考えると、価値を出すためには必ずしもコストダウンだけが方法じゃないとわかる。便益をより大きくすることでもいいわけですね。そしてそのためには、便益を価値あるものと認知できる文脈が重要となってきます。 例として、タクシー配車サービスのUberを挙げましょう。私自身もアメリカに行ったときなど、Uber無しでは生きていけないというほど使っていますが、Uberを一度経験すると、やめられなくなるんですね。レンタカーなんていらないとすら思える。だって、その場で待っていたら来てくれるんですよ。車を借りに行く・返しに行くという必要がない。スマホで簡単に予約して、後はただ待っていればいい。この優越感が重要。さらに、好きな車種を選ぶことさえできる。Uberを、行きたい場所に行けるとか、安いタクシーであるとだけ捉えるのは機能的便益に偏った見方です。実はあれだけUberが受け入れられている理由は、隠れた価値(Hidden Value)にある。それが知覚できる状況を文脈としてしっかりつくらないと、いくら良いものを出しても、受け入れてもらえないよ、ということです。ただ機能的で安いタクシーだったら、みんなこれほど好きになっていないんですよね。 マーケティングでは、(隠れた価値も含めた)価値を作り出し、さらに文脈も用意する。その両方をやらないといけないわけです。モノを世に出して、売れたなどの何か結果が出たときに、それが次の文脈になっていく。これを繰り返して、売れる仕組みをつくっていく。これがマーケティングの目的です。

マーケティングは
社会を導く力にさえなりうる

マーケティングの父とも呼ばれるフィリップ・コトラーは、「これからやるべきは価値主導型のマーケティングである」と言っています。人が求める便益は、機能的価値、情緒的価値、さらに精神的価値にまでたどり着いてしまったと。マーケティングはそれくらいインパクトのある活動で、社会をどっちに導くかということまで担っているんだよ、とマーケターに自覚を促しているんですね。 ソーシャルマーケティングとして非常に使いやすいフレームワークに、コーズ・リレーテッド・マーケティング(Cause-related Marketing)があります。社会的な大義(Cause)に則ってマーケティングするっていう手法ですね。これをやると、経済性と社会性が同時追求できます。社会貢献って非常に良いことなんですが、業績と連動させにくいんです。でもコーズ・リレーテッド・マーケティングだったら、明確なマーケティングになる点もいいですよね。

規模を追わない、定常経済という考え方

コトラーは、資本主義社会において、マーケティングで企業が利益を出すにはどうしたら良いかをずっと説いてきた人です。しかし、そのコトラーが2015年に出した著書「Confronting Capitalism(邦題:資本主義に希望はある)」の中で、このままじゃいけないと言っています。成長だけを目指す経済じゃ、この先地球が滅びるよ、と。成長経済と対比されるのは「定常経済」です。経済成長より、利益をちゃんと獲得することを重視し、規模は一定でいいから利益を出し続けることに重点を置く考え方で、少なくとも経済的に成熟している国では、規模を追わないという方向展開が必要なんじゃないか、ということですね。「年輪経営」を掲げる寒天メーカーの伊那食品工業のように,急成長をあえて目指さず、安定的・持続的な成長を目指すことが定常経済のあるべき姿です。

川上教授が挙げた、ソニーがアフリカで取り組んでいるサッカーのパブリックビューイングの事例は、SOCIAL OUTのコンセプトにも通じる。

エピローグ:
大切なのは、巻き込む力と仕組みづくり

最後に、一人のソニー社員を起点に始まった事業をご紹介します。ボールさえあればできるサッカーはアフリカでも盛んなのですが、アフリカの子どもたちはテレビ中継で試合を見ることができない。その現場をなんとかしたいと思った社員が実現した、サッカーの試合のパブリックビューイングの事業です。実現するには課題が山積みでした。そもそも事業として収益が出ない。さらに、社会性の観点でも、パブリックビューイングというエンターテインメントはSDGs(当時はその前身のMDGs)のどの項目にも該当しない。しかし、紆余曲折を経てこの思いは実現します。執行役員の一人がプロジェクターを提供してくれ、海外営業と広報がPR用の映像を制作してくれた。そこへ、JICAと提携し、パブリックビューイングとHIVの血液検査を組み合わせるスキームが築けたことで、誰もが納得できる社会貢献の役割を持たせられた。マーケティング、つまり、仕組みづくりで最も大変なのは、ここなんです。アイデアが生まれたときに、いかに人を巻き込んで仕組みづくりをしていけるか。いろんな人が、ちょっとずつ力を貸してくれて実現したという点が、すごく示唆深いですよね。説得、巻き込み、説得、巻き込みを繰り返して実現へ近づけていく。 私なりに成功要因を考えると、アフリカの子どもたちに何をしてあげたいのか、という原動力がずっとブレなかったのがいちばん大きいと思います。誰に何を届けたいのかにブレがない。便益価値が一貫しているんですね。さらに、現在は若手社員が後を継ぐ形で継続されている。原点となった思いごと上手に引き継がれ、続いていることも素晴らしいですよね。しかも、ある特定の部門だけでやっているのではなく、いろんな部署の若手が関わっている。その仕組みをつくれたことが非常にうまくいっている理由かなと。やはり、マーケティングは仕組みづくり、それに尽きますね。

川上 智子
早稲田大学大学院 経営管理研究科 教授
大阪大学文学部卒。精密機器メーカー勤務後,神戸大学で博士号取得、関西大学に着任。2015年より現職。2016年早稲田ブルー・オーシャン戦略研究所(WABOSI)設立,所長に就任。ワシントン大学(アメリカ)・INSEAD(フランス)・南洋理工大学(シンガポール)の客員研究員を歴任。2014年よりJournal of Product Innovation Management編集委員に日本から唯一選出。日本マーケティング学会理事。2006年日本商業学会賞・日本経営学会賞をダブル受賞。2017年アジア・マーケティング研究者トップ100にランクイン。
川上 智子
早稲田大学大学院
経営管理研究科 教授
大阪大学文学部卒。精密機器メーカー勤務後,神戸大学で博士号取得、関西大学に着任。2015年より現職。2016年早稲田ブルー・オーシャン戦略研究所(WABOSI)設立,所長に就任。ワシントン大学(アメリカ)・INSEAD(フランス)・南洋理工大学(シンガポール)の客員研究員を歴任。2014年よりJournal of Product Innovation Management編集委員に日本から唯一選出。日本マーケティング学会理事。2006年日本商業学会賞・日本経営学会賞をダブル受賞。2017年アジア・マーケティング研究者トップ100にランクイン。

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